弓道の射形をAIで解析する方法
ChatGPT・Claude・Gemini、3つの役割と使い分け
射形の静止画や動画を、今すぐ手持ちのAIに送ってみてほしい。
返ってくる指摘を読んで「それはなぜか?」とひとつだけ聞き返す。
この往復だけで、指導者に言われ続けてきた問題の「構造」が見え始めることがある。
たとえば離れが乱れる原因が、取懸けの手の内にあったとわかる——そういうことが起きる。
本記事は全3回シリーズの第2回だ。第1回「弓道の射形をAIで解析するための撮影方法|カメラ位置で精度が9割変わる」では撮影条件の整え方を扱った。第3回「弓道の射形の原因をAIで特定する方法|Gemini×Claude×ChatGPTで"なぜ"を解く解析手順」では実例を使って射形の詳細解析を扱っている。こちらも併せてお読みいただきたい。
スマホアプリとLLMは、何が違うのか
弓道専用のフォーム解析アプリもある。動画解析ができるものも登場しており、動作を数値化したり、お手本と並べて比較したりできる。それではなぜ、あえてLLMを使うのか。
答えは一言でいえる。
アプリは「ズレを検出する」。LLMは「なぜズレるかを仮説として提示する」。
そしてもうひとつ。LLMには問いを変えれば解析の深さが変わるという性質がある。これはアプリにはない。
| 比較軸 | スマホアプリ | LLM(ChatGPT等) |
|---|---|---|
| できること | 関節角度の数値化、お手本との比較再生 | 観察→原因の連鎖を自然言語で追求 |
| 苦手なこと | 「なぜそうなるか」の推論/側面からの有効な数値取得が難しい | 奥行き・前後位置の判別(2D画像から3D空間を推測する限界)。横向き・斜めアングルの併用で補完できる/道着や弓で隠れた関節は推測になる |
| 弓道特有の問題 | 核心情報(引き分けの深さ・矢線・肩甲骨の前後位置)は側面でないと見えない。多くのアプリは正面カメラ前提の設計で、弓道には構造的に合いにくい | 問いが曖昧だと出力も曖昧。解析の質は「何をどう聞くか」にほぼ依存する |
| 深掘りの可否 | 矢所と射癖の対応など、統計ベースの一般論は提示できる。しかし「肩甲骨が固定されて詰合いができていない」といった解剖学的な根本原因には踏み込めない | できる。「それはなぜか」と続けて聞くことで、解剖学的な連鎖まで掘り下げられる |
| 向いている使い方 | 自分の射形の変化を数値で追う(アプリの進化に期待) | 問題の原因を言語化・構造化する/次回の稽古テーマを決める |
現時点のスマホアプリは「何かがズレている」という事実の確認には使える。しかし「なぜズレているか」「どの問題が別の問題を引き起こしているか」という連鎖を追うことは難しい。
射形の不正を見つけたら、前の節に遡って原因を探すのは弓道の常道である。離れに問題があれば引き分け、引き分けに問題があれば大三、という具合に遡ってチェックする。遡った結果取懸けに問題があったというケースを、スマホアプリで特定するのは困難だ。
LLMの本質は自然言語での往復だ。「外へ割る、というのはどの方向ですか」と聞き返すことができる。「左右の上腕骨を同じように使うという考え方についてはどう思いますか」と問いを立てることができる。この応答のループが、自分の射形への理解を深めていく。
3つのAI、3つの役割
ChatGPT・Claude・Gemini——どれを使っても弓道についての基礎知識を持つアシスタントとして動いてくれる。ただし、返ってくる答えの「形」が違う。
| AI | 得意な思考 | 動画対応 | 特徴 | 向いている使い方 |
|---|---|---|---|---|
| ChatGPT | 対話・連動 | △ 不安定 | 動作間の補正・連動を時間軸で読む。メモリで蓄積できる | 問いを重ねて深掘りしたいとき/長期的な課題管理 |
| Claude | 構造・因果 | × 静止画のみ | 複数静止画から骨格の連鎖を読む。原因の階層を整理する | 「なぜそうなるか」を解剖学レベルで掘り下げたいとき |
| Gemini | 観察 | ○ 安定 | 動画を安定して受け取る。先入観なしにフラットに観察する | 動画の初期スキャン。広く違和感を拾う起点として |
「どれが最強か」という問いより、「何を知りたいか」で最初に使うAIが変わるという考え方の方が実用的だ。
また、この3つは競合ではなく役割分担として機能する。Geminiで観察し、Claudeで構造化し、ChatGPTで対話しながら詰める——という連携フローを第3回で詳しく扱う。
ChatGPT——動作の連動を読み、対話で深める
ChatGPTの本質は「動画を見てくれるAI」ではなく、自分の射を一緒に言語化していく相手だ。動画が読めるかどうかは機能の話であって、本質ではない。
まず動画が読めるか確認する
ChatGPTは動画ファイルを直接受け取り、フレーム単位で読み取ることができる。ただし「できる日とできない日がある」という不安定さがある。これはモデル側の仕様上の揺らぎで、現時点では避けようがない。
そのためまず確認プロンプトを送る。
この動画はフレーム単位で読めますか? 読める場合は「読めます」とだけ答えてください。 読めない場合は「読めません」とだけ答えてください。 それ以外の回答は禁止します。
「読めますか?」だけだと代替案の提案を長々と返してくることが多い。このプロンプトをそのままコピペして使う。
- 「読めます」→ そのまま解析プロンプトへ進む
- 「読めません」→ セッションを立て直すか時間を置く。または静止画に切り替える
解析プロンプト(動画・静止画共通)
以下の動画(または静止画)は弓道の射形の記録です。 【現在の課題】: (例:離れで弓手が落ちる) 【確認したいポイント】: (例:大三から会にかけての弓手肩の動き) 以下のルールで解析してください: 1. 射法八節に沿って時系列で観察する 2. 「事実」と「推測」を分けて書く 3. 評価よりも動作の変化を優先する 4. 可能であれば「前の動作が後にどう影響しているか」を指摘する
「事実と推測を分ける」という指示が出力の精度を一段上げる。「連動を指摘する」は弓道解析に直接刺さる。
深掘り用の2手目プロンプト
1往復で終わるのはもったいない。最初の指摘を受けてからこう続ける。
上記の指摘の中で、最も影響が大きいと思われるものを1つ選び、 その原因を「骨格・関節・力の流れ」の観点から説明してください。 方向や位置を示す場合は、必ず「身体基準」で具体的に記述してください。 的は射手の真左に位置します。射手は体を正面に向けて首を捻って顔を的に向け(物見)ています。 的方向を「左」、反対方向を「右」、腹側を「前」、背側を「後ろ」とし、 「外側」「内側」といった曖昧かつ相対的な表現は使用しないこと。
「外側」「内側」などの相対表現はAIが曖昧に逃げやすい箇所。身体座標系の基準を明示することで、実際に使える言葉が返ってくる。
長期使用の強み:メモリによる蓄積
長期使用を続けると、ChatGPTは「この人は〇〇という課題を抱えており、〇〇を目指している」という文脈を記憶していく。使い始めは教科書的な回答が多いが、課題の積み重ねとともに解析が自分の射形に特化されていく。
あなたは弓道の射形分析パートナーです。 私について以下を前提として記憶してください: - 段位・目標:〇段受審中 - 主な課題:〇〇(例:会での伸び合い、離れの安定など) - 弓道歴:〇年 - 解析に使う素材:静止画/動画 解析の際は「問題点の指摘」だけでなく、 「なぜそうなるか(原因の連鎖)」まで掘り下げてください。 また、私の過去の課題と今回の観察に関連があれば必ず指摘してください。
Claude——静止画から因果の連鎖を読む
ChatGPTが弓道界でも広く知られているのに対し、Claudeは「プログラマーが使うAI」というイメージを持たれることが多い。しかし弓道解析においては、Claudeには他にない強みがある。
動画は扱えない。今後の対応が待たれる。
しかし静止画複数枚を渡したときの因果推論の精度は、他のAIと比べて一段深い。「この問題の原因はどこにあるか」を骨格・重心・筋張力の連鎖として整理するのが得意で、「現象→直接原因→根本原因」という構造で答えを返してくる。
スキル機能を活用する
Claudeには「スキル」と呼ばれるカスタマイズ機能がある。弓道教本の射法八節の解説文、自分が参考にしている指南書の抜粋、身体的特徴(腕の長さ、弓の強さなど)をあらかじめ設定しておくことで、毎回ゼロから説明する必要がなくなる。
「打起しで肩が上がります」と送るだけで、過去の課題との関連を踏まえた返答が来る——というのが、スキルを設定した状態のClaudeだ。設定方法については別途解説する予定だ。
以下の静止画は弓道の射法八節の各節を撮影したものです。 【現在の課題】:(例:大三から会にかけて矢先が上がる) 【確認したいポイント】:(例:弓手肩の動きと胸郭の関係) 骨格・関節の動きを中心に観察し、 問題点とその原因の連鎖(現象→原因→より根本的な原因)を 段階的に示してください。 推測が含まれる場合はその旨を明記してください。
「推測を明記させる」という一文が重要だ。AIの出力には確実な観察と推測が混在している。その区別を明示させることで、自分がどこを身体で確かめるべきかが見えやすくなる。
Gemini——動画を安定して受け取る観察者
Geminiは動画ファイルを安定して受け取ることができる。ChatGPTのような「読める日・読めない日」という不安定さがなく、動画をそのまま渡したい場面では最も信頼性が高い。
ただし解析の深さには限界がある。観察は安定しているが、原因の深掘り(特に解剖学的な推測)は弱い傾向がある。「これが問題だ」と断言するより「ここが気になる」と列挙するスタイルになる。
この特性は弱点というより性格だ。先入観が少なく、フラットに観察する。深掘りに向かわないぶん、変な推測もしない。
観察の起点として使い、深掘りは別のAIに渡す——という設計が向いている。
この動画は弓道の射形の記録です。 射法八節の流れの中で、 気になる動作・不自然に見える箇所を 箇条書きで列挙してください(A・B・C…と番号を振ってください)。 評価や原因分析は不要です。観察事実のみで構いません。
「評価不要・観察のみ」の指示が重要だ。Geminiに評価まで求めると解析がぼやける。箇条書きに番号を振らせるのは、後でClaudeに渡す際に「観察AとDは関連するか」と指定できるようにするため。
検証:同一条件で3AIの解析結果を比較する
ここで実例をご覧いただく。同一の素材、同一のプロンプトで3つのAIに解析させた。ChatGPT・GeminiにはAIを使わない読者と同じ条件——メモリなし・スキルなし・初期設定なし——の別端末を使った。Claudeも同様に、弓道の知識を持たない状態で投げている。
検証条件
- ChatGPT・Gemini:同一動画 / Claude:同一シーンの静止画9枚
- プロンプト:射法八節に沿って観察し、気になる点を箇条書きで。評価・改善案は不要。
- 条件:いずれも事前情報なし(メモリ・スキル・初期設定なし)
ChatGPT(抜粋)
大三への移行で弓手肩がやや上がる瞬間があるように見える。結果として肘の収まりが一度外側に逃げ、その後引分けに入る中で内側へ戻しているような流れが見える。
引分け初動でやや腕主導的に見える区間があり、その後体幹側の関与が増していくように見える。大三での肩の位置調整の影響がここに現れている可能性がある。
→ 動作間の連動・補正の流れを読みにいく
Gemini(抜粋)
大三で静止した際、左拳(押手)の位置がやや低く、腕が水平より下向きに傾いているように観察されます。
引分けの過程で、右肘が大きく後ろに回る前に、右拳が先に顔の近くを通って引き寄せられているように見えます。
→ 各節の現象をフラットに列挙する
Claude(抜粋)
引き分け初動で妻手肘が上方に張り上がる動きが見られ、肘先が天井方向を向いている。引き分けの軌道が円弧より上方を通っている可能性がある。
離れの瞬間、妻手が前方に流れているように見える。弓手は伸展方向を維持しているが、左右の開き方に非対称性がある。
→ フレーム間の変化を追い、節をまたいだ観察をする
3つの出力を並べると、条件を揃えても「思考の方向」が変わることが見えてくる。ChatGPTは補正の流れという時間軸で読む。Geminiは各節の現象をフラットに拾う。Claudeはフレーム間の変化を追い、節をまたいで観察しようとする。
どれが優れているかではなく、見ている階層が違う。役割分担として理解した方が実用的だ。
⚠️ AIは弓道の専門知識を誤ることがある
今回のClaudeの出力に、こういう一節があった。
「妻手の手首付近(かけ)が頭部より前方に位置しているように見える(本来は後頭部の延長線上か耳より後ろが多い)」
これは誤りだ。大三では弽(妻手拳)は額の前に位置するのが正解で、後頭部の延長線上にあったら弓が引けない。
AIはどれも博識だが、弓道というニッチな領域では、必ずしも正確な知識に基づいているとは限らない。しかしだからといって「使えない」と切り捨てるのは短絡的だ。
対策は取れる。弓道教本や自分が信頼している指南書の抜粋をあらかじめ読み込ませたり、自分がどこを意識して稽古しているかをインプットしたりすることで、誤りは大幅に減らせる。これがClaudeのスキル機能を使う最も実用的な理由でもある。
深掘りで何が起きるか——「外ってどっち?」という問い
同じ動画で「改善方法を教えてほしい」という問いを投げた。ChatGPTはこう返してきた。
「打起しから大三に入る瞬間に、弓手の肩を"上げないまま外へ割る"(高さを変えず、横方向へ開く感覚)」
「外」とはどちらの方向か。この表現はAIが曖昧に逃げやすい典型だ。そこで問い返した。
- Ray
- 「外へ割る」の「外」というのはどっちのこと? 基準点を明らかにしてください。
- AI
- 「外」は射手の体幹に対して外側——背中側方向への回旋成分を含む外方、です。ただし直線ではなく、手先は弧を描きながら、上腕骨が外旋しつつ後方へ移動するイメージが正確です。
- Ray
- 弓道教本では、打起した位置からできるだけ遠くを通るように大三に移行するとある。弧を描いて大三に行くのが正しい、と。手先は弧を描くように、しかし肘が後ろに向かう意識で回せ、ということ?
- AI
- そうです。手先が遠くを通る円弧の軌道は正しい。その軌道の主導は「腕を振る」ではなく「上腕骨の外旋」です。肘頭が後方へ向かう動きを意識することで、外旋を起こしやすくなるケースがあります。
この往復そのものが、LLMを使う価値だ。「外ってどっちだよ」という問いは、アプリには立てられない。問いを重ねることで、教本の記述と自分の身体感覚がつながっていく。
弓道指導でよく使われる「広げる」「張る」「伸びる」といった言葉は、受け取る側によって解釈が変わりやすい。AIに「身体基準で具体的に言い直してほしい」と求めることで、これらの表現を自分の身体に届く言葉に翻訳できる。これもLLMならではの使い方だ。
この後さらに「左右の上腕骨を同じように使うという考え方についてはどう思いますか」という問いに発展した。この深掘りの続きは、第3回で取り上げる。
今すぐできること
- 各節の静止画1枚ずつ、または動画を用意する
- ChatGPTかClaudeに上のプロンプトと一緒に投げる
- 返ってきた指摘を読んで「それはなぜか?」と1回だけ続けて聞く
最初から正しい答えを求めなくていい。返ってきた指摘が自分の身体感覚と一致するかどうかを考える——その問いを持つことが、解析の入り口だ。